自分が感じているこの閉塞感は、いったいどこへ向かうのだろうかとぼんやり考える毎日。
日本で暴動が起きないのは、戦って勝っても自分らの手に入るものがないということを、みんな知っているからじゃないかと思いますよ。僕らが欲しい(と思っていた)ものは、それこそただの泡だったんだ、とっくに消えちゃってるんだという。
みんな不景気が悪いんやーとなるけれど、そもそもお金がないと手に入らない「幸せ」とやらの形に疑問を感じてもいる。でもうらやましいものはうらやましい。てか幸せうんぬん以前に、明日食べていけるかがすでに不安。
自分の足で努力すれば山を登っていけると習ってきたけれど、実は山なんて存在しなくて、低いところになだらかな台地が広がっているだけなんじゃないか。
幸せのロールモデルなんて、そもそも根拠の全くないものなんだから、さっさと捨てたほうが楽なのではないか。諦める勇気。
社会の問題と自分自身の問題は、切り離して考えるべきなのではないか。けれどすべてを自己責任と負い込んだなら、精神衛生を保てる気がしない。
今はなんとか暮らせているが、そう遠くないうちに自分の人生が積むという確信がある。その恐怖と戦う毎日。自分は、勝てるんだろうか。勝ち抜いたら、恐怖はなくなるんだろうか。
2010年06月26日
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>自分の足で努力すれば山を登っていけると習ってきたけれど、実は山なんて存在しなくて、低いところになだらかな台地が広がっているだけなんじゃないか。
一番の問題は努力の内容であって、山に登る「チャンスだけ」が平等である(実際はそれすら出自や属性によって差があるけれど)ということだけの話ですね
そのチャンスすらイイとこの坊ちゃんでは無い私は、自分の階層を上げるために日々努力、と思っていましたが、もう積んでいますorz
せめて登山口がどこにあるのかだけでも知りたいものです。
どうせリスキーな生き方しかできないなら、ばんばんリスク取っていったほうが後悔しないのかなぁとか、日々気は重いですね…。
これちょっと感動しました
この人はどうなるんでしょうね